弦楽専門誌String P44~P47

弦楽専門誌String P44~P47

宗教も政治も経済も言葉も、
全てを超越したところに芸術というのはある

ヴァイオリニスト
斎藤アンジュ玉藻さん

日本とヨーロッパを中心に活躍しているヴァイオリニストの斎藤アンジュ玉藻さんが、その充実した活動と、今こそ大切な音楽について語ってくださった。

バッハ・フェスティバルに参加
「今年の演奏活動で一番の大きなイヴェントとしては、二〇〇九年のライプツィヒの『バッハ・フェスティバル』にモダンのヴァイオリンでは初めて招聘していただきまして、六月二十日に演奏会をすることになりました。
そして、JTBもこの『バッハ・フェスティバル』に共鳴してくださって、バッハ・フェスティバル応援旅行を企画してくださいました。これは、バッハ・フェスティバルでの私のコンサートの鑑賞とワイマール・アイゼナハを巡る旅行で、私も同行します。
とにかくこのバッハ・フェスティバルには、多くの巨匠が出演されるので、私は今から緊張しています(笑)。
ゲルハルト・オピッツさん、リッカルド・シャイーさん、プルムシュテットさん、バイバ・スクリデさん、そしてもちろんライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団といった顔ぶれです。
六月十九日にマタイ受難曲があって、二十二日にロ短調ミサ曲で締めくくるようです。」

ステージ衣裳は鎧?
「その前に三月六日に金沢の北國新聞赤羽ホール、それから三月九日に東京の紀尾井ホールでリサイタルをします。
このリサイタルではパリのコンセルヴァトアールの教授の作曲家でピアニストのイヴ・アンリさんと共演させていただきます。そして彼の作品で『加賀YUZEN』という曲を初演致します。
パリで彼と知り合いになって、日本の文化のことをいろいろお話ししたところ、是非、その日本の文化をテーマにして曲を作ってみたいとおっしゃったんです。私は、古典の柄の友禅の生地と、小松市で作られている新しい素材の生地の両方をお見せしたのですね。そのイメージで曲を作っていただいたんです。
今、パリでは日本のアイテムがとても人気があるんです。食材でも柄でも。日本の文化をアートのエネルギーにしたい、という動きがあるんです。
『加賀YUZEN』は全部で九分くらいの曲で、二つの部分に分かれていて、最初のところは古典の友禅をイメージして、静かなヴァイオリンソロから始まるんです。後半の部分はハイ・テンポでモダン、そして現代の日本というものをイメージしているそうです。この作品は、これから各国で演奏していく予定です。
その他に演奏するのは、バッハ・フェスティバルで演奏するバッハの無伴奏パルティータの二番、ラヴェルのツィガーヌ、そして特に、今回勝負したいのはベートーヴェンの『クロイツェル・ソナタ』などです。『クロイツェル・ソナタ』は、従来のイメージから解釈を現代的に広める計画です。今世の中はとても不景気で、皆さん疲れていらっしゃいますよね。その方々に捧げるつもりで演奏します。
最初の静かな部分を、闘いのイメージ、関ヶ原の合戦の前夜というイメージで(笑)弾いてみたい。二楽章は本当に疲れた精神が次第に活気を帯び、そして三楽章は、人生の喜び、満ち溢れた力というイメージで演奏してみたいと思います。
全体の選曲のイメージとしては、各時代で斬新なことをした勇気ある作曲家達の作品を集めたのです。そして私も勇気をもって弾く、ということなんです(笑)。この発想も今まで私を支えて下さった方々からいただいたエネルギーが元にあるのですが。
今回は、また新たにいろいろな方が応援してくださっています。例えば、演奏会のときに闘いの鎧を提供してくださる企業があるんです。鎧と言っても、もちろん、演奏会のドレスです(笑)。
私にとって演奏会のドレスは鎧だ、という趣旨で、ヨーロッパのブランドの生地も扱う小松精練株式会社がドレスの生地を提供して下さいました。そしてINABAMICHIYOさんがデザインをして下さいました。ピアニストのイヴ・アンリさんにも提供されます。私の演奏を聴いてくださって、衣裳で応援したいということで、お話を戴いたんですが、本当に嬉しいですね。」

今こそ音楽が必要
「音楽というのは、この景気の中で、何かとカットされてしまいがちなものですけれど、必需品だと私は思います。音楽は絶対に人間にとって必要なものですよ。私は、それをなんとか伝えたい。そういう役目を果たしたいと思っているんです。
例えば、トルコ軍には、軍楽隊があって、それが世界の軍楽隊の元ですよね。トルコの軍楽隊を真似てヨーロッパも軍楽隊を作ったわけですね。何故、トルコ軍は軍楽隊を作ったのか。ラッパや太鼓では戦えないですよね(笑)。でも、何故それを用いたのか。やはり、音楽が鼓舞する力というのは、決して侮れないわけですよね。もの凄く重要なんです。
ですから、こういう世界的な不況な時代だからこそ、音楽は省くなと言いたいんです。それは、私は誌面を通じてあらゆる人に言いたいですね。
音楽をカットするのは間違ってますよ。余計に人々の心を暗くしますよ。
それから、昔、戦争に行かれた方のお話をうかがったのですが、行軍のときにラッパの音を聴くと、辛くて止まりそうになるときでも歩き続けることができたそうです。ラッパがなかったら死んでいた、というお話を聞いたことがあります。
これは、もちろん戦争を礼賛しているのではなくて、音楽が如何に人間を助けるか、生死に関わるか、ということでお話ししているんです。
古い文献を見ると、ギリシャではお医者様の処方に音楽があったそうです。どういう音楽なのかは分からないですが。」

―確かに音楽を聴いている時間は、普段の憂さを忘れていますからね。別世界にいるわけですからね。
そう言われると、改めて音楽の大切さを感じます。

「ですから、私は改めていい仕事の世界にいる、とつくづく思うんです。」

音楽は全てを超越
―今はパリに?
「はい。でも、しょっちゅう日本とは行き来していますし、他の国にも行ってます。いろいろお話をいただいて、今の活動には満足しています。でも、ヨーロッパの方も不況ですから、日本からのパワーをほしい、みたいなことをよく言われます。ヨーロッパ、特にドイツでは、クラシックの聴衆が高齢化してしまって、それで、どういうふうにしていけばいいのかと、悩んでいる。
どうして、そういうことになったのか、ということを考えたのですが、かつてクラシックの世界はいつの時代でも、その時代に受け入れられた音楽作品が存在したわけですよね。バッハの時代から、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、ショパン、ブラームス、ラヴェル、ドビュッシー……。次々と出現していたのが、いつの時代からか、一般の聴衆に受け入れられないような作品が出てきて、それがクラシックの聴衆の減少につながっているように思えてならないんですね。フレッシュで斬新なものがない。現代曲を演奏すると聴衆が入らない、というものもおかしいですよね。
そういうことも考えましたし、私はサラリーマンの方が楽に来ることの出来る時間帯の演奏会も展開していこうかな、とも思っているんです。7時からのコンサートというのはなかなかきついと思います。だから、8時からのコンサートというのも考えるんですが、そうすると今度はお帰りが大変です。ですから、8時から9時までのコンサートというものがあってもいいかな、とも思っているんです。
それからクラシックの入口としてはライト・ミュージックもいいと思うんですが、やはり、これぞクラシックというものこそ聴いていただきたい。昨年、エジプトで演奏をしてきたのですが、ピラミッドの前でシャコンヌを弾いたんです。屋外ですから、音響的には抵抗があったのですが、日本とエジプトの交流のイヴェントでしたので弾きました。
そうしましたら、アラブの方が泣くんですよ。泣いて駆け寄って来て抱きしめるんです。アラブの方は、シャコンヌを知らなかったと思うんです。でも、あのようなハードな曲でも、心を打つことができれば、国境や宗教の垣根なく人々を感動させることができるんですね。
言ってみれば、日本人がキリスト教の音楽をイスラムの人に奏でて感動していただけたわけですね。その超越が音楽だと思うんです。
宗教も政治も経済も言葉も、全てを超越したところに芸術というのはあると思ったんです。越えるという実感を昨年一年間で得ることができました。音楽の尊さ、力の偉大さを実感した今、世の中に本当に必要な芸術活動を続けていきたいと決意しています。」


Saitou anju tamamo,Vn
2004年、ドイツ・ライプツィヒ「インターナショナル・ゾリステン・シリーズ」に最年少で抜擢。オール・バッハ・プログラムでリサイタル・デビューで、大反響を得る。
その後、ヨーロッパ各地でリサイタル、主要オーケストラとコンチェルト等の活動を展開。また、それらの模様が各国のメディアで放送される。
2009年ライプツィヒで行なわれる100年の歴史を誇る「バッハフェスティバル」にモダン楽器のヴァイオリニストとしては日本人として初めて招聘されている。
https://www.tamamo-ange.com/

斎藤アンジュ玉藻 イヴ・アンリ デュオ・リサイタル
2009年3月6日(金)19時 北國新聞赤羽ホール
2009年3月9日(月)19時 紀尾井ホール
曲目:バッハ/無伴奏パルティータ第2番、ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第9番『クロイツェル』、ラヴェル/ツィガーヌ、ショパン/バルカローレ/ノクターン Op.48-1、ワルツOp.64-2、イヴ・アンリ/加賀YUZEN(新曲開発プロジェクト「RYU」の初曲)
S席¥5,000 A席¥4,000
詳細は、アスペンTEL03-5467-0081

バッハ・フェスティバル応援旅行については、JTBへ。
TEL03-3572-5885(平日10:00~18:00)
https://www.jtb.co.jp/shop/royalroad/info/hobby/index.asp